プロ野球ネタ

異例のコンバート!野手転向、投手転向経験者は?

プロ野球にはチーム事情によりポジションを変更するコンバートがしばしば行われます。

このコンバートの中でも珍しいのが、野手から投手、投手から野手へのコンバートです。

当記事では、この野手↔︎投手のコンバートを経験した現役選手をご紹介します。

将来楽しみな若手選手や、意外なスター選手がコンバートを経験しています。

 

投手から野手転向した2019年現役選手

まずは投手としてプロ入りし、野手転向を果たした選手をご紹介します。

野手転向は投手転向に比べると珍しくはなく、現役選手として6名がプレーしています(育成契約選手除く)

1軍投手実績 1軍野手実績
糸井嘉男 1軍登板なし 最高出塁率(3回)
首位打者(2014年)
盗塁王(2016年)
ベストナイン(5回)
ゴールデングラブ賞(7回)
福浦和也 1軍登板なし ベストナイン(2010年)
ゴールデングラブ賞(3回)
通算2000本安打達成
雄平 144試合登板
18勝19敗
防御率4.96
ベストナイン(2014年)
佐野皓大 1軍登板なし プロ入り初本塁打を記録するなどレギュラー争い中
木村文紀 41試合登板
1勝4敗
防御率5.60
2014年、2017年に100試合以上出場。
レギュラー争い中
川越誠司 1軍登板なし 1軍出場なし

 

野手で大ブレイク!元投手のスター選手

野手転向で成功をおさめた代表格と言えるのが、阪神・糸井、ロッテ・福浦、ヤクルト・雄平です。

それぞれベストナインに輝くなど、野手としてスター選手に登りつめています。

糸井嘉男(阪神タイガース)

2003年に近畿大学から自由獲得枠で北海道日本ハムファイターズに入団した糸井は、プロ入り2年間は投手としてプレーしました。

最速151キロの速球投手でしたが、投手としては二軍でも目立った成績を残せず、一軍でマウンドに立つことはありませんでした。

糸井の野手転向は2006年です。

2006年シーズンこそ一軍で活躍する機会は無かったものの、着実に成績を残し台頭します。

最高出塁率(3回)、首位打者(2014年)、盗塁王(2016年)、ベストナイン(5回)と数々のタイトルを獲得しています。

特に守備面では、元速球投手の強肩を生かし、ゴールデングラブ賞を7回受賞しています。

2018年までの通算打率は3割を超えており、2013年にはWBCにも選出されています。

NPB史上初の6年連続(2009-2014年)で打率3割、20盗塁、ゴールデングラブ賞を達成しており、まさに球界を代表する走攻守揃った外野手と呼べるでしょう。

 

福浦和也(千葉ロッテマリーンズ)

幕張の安打製造機と呼ばれ、習志野高校から千葉ロッテマリーンズと、野球人生を千葉で歩んできた福浦も野手転向組です。

ドラフト7位で滑り込みで投手としてプロ入りした福浦は、入団直後から肩の故障に悩まされます。

当時の打撃コーチからの説得もあり、投手としての登板は無いまま、プロ入り1年目に野手転向を決断しました。

野手転向後も1994年~1996年までは一軍デビューはありませんでしたが、1997年以降は徐々に一軍に定着。

2001年には首位打者を獲得しています。

また、一塁手としてゴールデングラブ賞を3回(2003年、2005年、2007年)受賞しており、2010年には指名打者としてベストナインにも輝いています。

2018年には通算2000本安打を達成しており、2019年には球界最年長選手となっています。

2019年シーズンでの引退を表明していますが、野手転向で大成功を収めた野球人生と言えるのではないでしょうか。

 

雄平(東京ヤクルトスワローズ)

雄平(高井雄平)は、プロ野球選手としてのキャリアの半分を投手として過ごしています。

糸井や福浦が一軍デビュー出来ずに野手転向しているのに対し、雄平は一軍で通算144試合に登板しており、18勝を挙げています。

本格的な野手転向は8年目にあたる2010年からですので、かなり遅い野手デビューと言えます。

雄平は最速151キロの高校生として、東北高校からドラフト1位で東京ヤクルトスワローズに入団しました。

投手としての大成が期待されましたが、制球難に苦しみ、期待通りの成績を残すことは出来ませんでした。

アマチュア時代から「打てる投手」であった雄平は、2009年終盤に球団首脳陣から打者転向の打診を受けました。

当時は投手にこだわった雄平でしたが、結果的には2010年からは野手転向を果たします。

雄平が野手としてブレイクしたのは2014年、プロ12年目です。

2014年はベストナインにも輝き、2015年のヤクルトリーグ優勝にも大きく貢献します。

なお、雄平は通算18勝、2014年には23本塁打を達成していますが、通算10勝以上をあげた選手がシーズン20本塁打を達成するのは歴代4人目、59年ぶりの出来事でした。

まさに遅咲きの野手転向スター選手ですね。

 

一軍打者出場を果たした期待の元投手

前述の3選手と比較すると、まだまだ実績は乏しいですが、一軍で頭角を現し始めているのがオリックス・佐野と西武・木村です。

佐野皓大(オリックス・バファローズ)

2014年、大分高校で4番投手として活躍した佐野は、オリックス・バファローズからドラフト3位指名を受けました。

投手としての入団で周囲の期待は高く、背番号も12を背負いました。

しかし2015年、2016年シーズンは目立った成績を残すことは出来ず、背番号は64に変更されます。

2017年シーズンも二軍で5イニングの登板に終わってしまったことから、投手としての一軍デビューが無いまま野手転向を決断。

2017年オフには背番号121の育成契約選手となり、遊撃手として再スタートを切りました。

2018年には支配下契約を勝ち取り、背番号は93に、2019年シーズンは外野手として一軍出場機会も増えている期待の選手です。

特に佐野の身体能力は目を見張るものがあり、投手として投げれば150キロを超える強肩、走れば球界屈指と言われる瞬足を誇ります。

野手転向2年目、まだまだ課題も多い選手ですが、将来糸井のように大成功することが期待される選手です。

 

木村文紀(埼玉西武ライオンズ)

高校通算33本塁打、最速148キロの打てる投手として名を馳せた木村は、2006年高校生ドラフト1位で埼玉西武ライオンズに入団します。

ルーキーイヤーから投手として期待され、一軍登板も果たしますが、2007年~2012年で41試合登板、1勝4敗防御率5.60と期待に応えることは出来ませんでした。

2012年シーズン終盤、野手転向が決定し、それ以降は外野手のレギュラー候補としてレギュラー争いを繰り広げています。

着実に打者としての成長を見せており、強力西武打線の一角を担えるか期待がかかります。

 

二軍で打撃を磨く元投手

2019年に野手転向を果たし、一軍出場を虎視眈々と狙っているのが西武・川越です。

川越誠司(埼玉西武ライオンズ)

2015年にドラフト2位で埼玉西武ライオンズ入りした川越は、北海学園大学出身の初のプロ野球選手でした。

投手としての指名でしたが、大学時代は外野手としてベストナインを受賞した経歴もある二刀流選手です。

2016年~2018年までの間に一軍登板は無く、二軍でも目立った成績は残せなかったことから、2019年からは外野手登録されています。

西武の強力打線に加わるべす、一軍目指して奮闘中ですが、そのポテンシャルは十分。

投手としては149キロを投げる遠投120mの強肩、走れば50mを5秒9で走る瞬足です。

野手としてのブレイクが楽しみな選手です。

 

野手から投手転向した現役選手は1名

野手としてプロ入りしながら、投手転向を果たした選手は過去を遡っても数名しか存在しません。

現役選手では、2019年にプロ入り初勝利を果たした張奕のみとなっています。

張奕(オリックス・バファローズ)

高校時代は外野手兼投手としてプレー、日本経済大学時代は本塁打王を獲得するなど、野手としてブレイクします。

張のプロ入りは育成選手として、外野手登録でのスタートでした。

2017年は外野手として目立った活躍が出来ず、2018年シーズンは外野手登録ながら投球練習を開始し、二軍公式戦にも登板します。

2019年には正式に投手登録され、二軍の投球が評価され5月に支配下契約を勝ち取ります。

8月には初先発初勝利を飾りました。

野手としてプロ入りした育成選手が初先発初勝利というのは史上初の快挙です。

ローテーションに定着するには課題は残りますが、投手としての経歴を踏まえると今後大化けする伸び代に期待です。

なお、張の従兄弟には陽岱鋼おり、そのルックスもそっくりです。

 

野手転向・投手転向まとめ

ここまで、現役選手の投手転向、野手転向をご紹介しました。

これらの選手の共通点はその身体能力が凄まじいことです。

アマチュア時代は4番投手など、二刀流に近いプレースタイルだった選手が多いですね。

プロ野球で投手としても野手としても評価されるというのは並外れた身体能力があってこそなのです。

そのため、野手転向や投手転向からはスーパースターが誕生することもあるのですね。

糸井、福浦、雄平に続いて佐野や木村、川越、そして張のさらなる成長を期待しましょう!