プロ野球ネタ

【大谷翔平の歴史】驚異の記録・伝説まとめ!史上初のオンパレード

まだ20代の選手でありながら、投手と打者の二刀流として数々の記録を打ち立てている大谷翔平選手。

当記事では、大谷翔平の残した数々の伝説をまとめます。

※随時最新情報を更新中

 

Contents

アマチュア時代の大谷翔平伝説

大谷の実力はアマチュア時代から別格でした。

小学5年生で球速110キロを記録

大谷が本格的に野球を始めたのは小学3年生であると語られています。

小学5年生では球速110キロを記録しました。

球速110キロといえば、一般的にどの中学生チームにいってもエースになれるレベルと言われます。

小学5年生にして、中学生のエース級の球を投げていたのです。

 

高校2年生で甲子園で150キロ

花巻東高校に進学した大谷は、2年生時に春のセンバツ高校野球に出場します。

リリーフ登板した大谷は甲子園で150キロを記録します。

高校2年生が甲子園で150キロを記録するのは、甲子園での2年生のもつ最速タイ記録でした。

 

高校3年生でアマチュア史上初の160キロ

地方予選(岩手大会準決勝)で、大谷は球速160キロを記録します。

これはアマチュア史上最速であり、プロ野球でも160キロは数名しか達成していません。

投手・大谷の注目が高まった瞬間です。

 

日本プロ野球時代の大谷翔平伝説(2013年)

メジャーリーグ挑戦を表明していた大谷を北海道日本ハムファイターズが強行指名。

二刀流起用」などの育成プランで大谷を口説き落とし、大谷はファイターズの一員となりました。

この二刀流起用が数々の大谷翔平伝説の始まりです。

 

高卒ルーキー史上2人目の開幕戦マルチ安打

大谷はルーキーとして迎えた開幕戦で、8番ライトで開幕オーダーに名を連ね、2安打1打点の結果を残します。

高卒ルーキーが開幕戦でマルチ安打を放つのは、1960年以来の53年ぶり、史上二人目の快挙でした。

 

新人投手史上最速の157キロを記録

投手としての大谷は、野手としての出場を続けながら二軍で調整を続けていました。

一軍初登板は5月23日の交流戦、ヤクルト戦です。

結果は5回2失点で勝ち負けはつきませんでしたが、この試合で大谷は球速157キロを記録。

これは新人投手の初登板における最速記録となりました。

 

5番投手で出場

交流戦ではDHがないことから、6月18日の広島戦で5番ピッチャーで出場します。

先発ピッチャーがクリーンアップを打つというのは50年ぶりの出来事です。

少なくとも、投手と野手が明確に分業された現代野球では想像もしていなかった出来事であり、話題を呼びました。

 

高卒新人でプロ初勝利と初本塁打を記録

大谷のルーキーシーズンの成績は以下のとおりです。

<投手成績>

13試合登板

3勝無敗

防御率4.23

<野手成績>

打率.238

3本塁打

20打点

それぞれで見ると一軍レベルの結果とは言えませんが、高卒ルーキーながら二刀流を貫いたのは見事です。

なお、高卒ルーキーで初本塁打初勝利を記録したのは江夏豊以来の46年ぶりの快挙です。

 

日本プロ野球時代の大谷翔平伝説(2014年)

2014年の大谷は二刀流として大きく殻を破ります。

世間に二刀流大谷を印象付けた一年であり、数々の記録を打ち立てます。

 

パ・リーグ史上最速の160キロを記録

高校時代に160キロを記録していた大谷ですが、プロ野球でも160キロを記録します。

はじめての160キロが記録されたのは6月4日の広島戦で、160キロは当時のパ・リーグ最速記録でした。(その後、大谷自身が記録を塗り替えていくことになります。)

 

16奪三振の最年少記録

7月9日の楽天戦で、大谷は16奪三振1失点で完投勝利を飾ります。

7月5日が誕生日の大谷は、二十歳になった直後の登板でしたが、20歳0ヶ月での16奪三振はNPB(日本プロ野球)史上最年少の記録です。

 

オールスターに投手、野手両方として選出

2013年にファン投票で外野手としてオールスターに出場していた大谷は、2014年には監督推薦で投手としてオールスターに選出されます。

オールスターに投手、野手の両方で選出されるのは、1950年代に近鉄で活躍した関根潤三以来、史上2人目でした。

 

オールスター史上最速の162キロ

オールスターに投手として出場した大谷は、その試合で球速162キロを記録します。

これはオールスターゲーム史上最速であり、公式戦を入れてもクルーンに並ぶ当時最速タイ記録でした。

 

日本人最速タイ記録の161キロを記録

オールスターゲームで162キロを記録した大谷ですが、公式戦でもじわじわと球速をあげていきます。

8月3日のソフトバンク戦では当時日本人最速タイ記録となる161キロを記録します。

 

NPB公式記録の162キロを記録

8月に日本人最速記録に並んだ大谷ですが、その勢いは止まりません。

10月5日の楽天戦で、オールスターゲームで見せた162キロを記録します。

公式戦で記録したことにより、公式にNPB(日本プロ野球)史上最速タイ記録となりました。

 

NPB史上初二桁勝利&二桁本塁打

2014年の大谷は、投手としての記録が目白押し、野手としてもまずまずの記録を残したシーズンでした。

シーズン成績は以下の通りです。

<投手成績>

24試合登板

11勝4敗

防御率2.61

<野手成績>

打率.271

10本塁打

31打点

10勝10本塁打を記録したのはNPB史上初の快挙です。

 

大谷の二刀流は当初は批判的な声も多かったのが事実ですが、まさに周囲を黙らせる結果を残しました。

 

史上2人目の高卒3年目での年俸1億到達

二桁勝利二桁本塁打や、最速記録など、数々の記録を残した大谷は年俸1億円(推定)に到達します。

高卒3年目シーズンを1億円プレーヤーとして過ごすのは松坂大輔以来、史上2人目です。

 

日本プロ野球時代の大谷翔平伝説(2015年)

2015年の大谷は打撃は低調な一方、投手としては圧倒的な成績をおさめます。

まさに投手としてのシーズンでした。

 

オールスターに投手野手両方でファン投票選出

2013年のオールスターは外野手としてファン投票選出、2014年は投手として監督推薦、そして2015年は投手としてファン投票で選出されます。

ファン投票で投手、野手両方で選出されたのは史上2人目の快挙です。

 

投手三冠を獲得

2015年の大谷の成績は以下のとおりです。

二刀流と呼ぶには打撃成績が寂しい数字ですが、投手としてはエースと呼ぶにふさわしい成績を残します。

<投手成績>

22試合登板

15勝5敗(最多勝)

防御率2.24(最優秀防御率)

<野手成績>

打率.202

5本塁打

17打点

最多勝、最高勝率、最優秀防御率の投手三冠を飾ります。

 

日本プロ野球時代の大谷翔平伝説(2016年)

2016年の大谷は野手として完全復活、投手としても実力を発揮し、キャリアハイの成績を残します。

パ・リーグ史上初、DH解除しての6番投手で出場

5月29日の楽天戦で、6番投手としてスタメン出場します。

大谷が投手として打席に立つのは、これまではDH制の無いセ・リーグチーム主催の交流戦だけでした。

この楽天戦では、ファイターズはDHを解除(DHの選手を置かないこと)してまで、大谷を打席に立たせたのです。

これはパ・リーグ史上初のことであり、ファイターズはDHの選手を置くよりもピッチャーの大谷に打たせる方が勝てる可能性が高いと判断したと言えます。

大谷はこの試合を投手として7回4安打1失点で勝利投手に、打者としては3安打猛打賞に1打点と投打にわたって大活躍。

二刀流の実力を見せつけました。

 

最速記録を更新 163キロ

6月5日の巨人戦で球速163キロを記録します。

自身も持つ最速記録162キロはクルーンに並ぶ同率トップでしたが、その最速記録を更新し、単独トップに立ちます。

 

史上初!1番投手で先頭打者ホームラン

7月3日のソフトバンク戦、この日も大谷はDH解除でスタメン出場です。

この日は自身初の1番ピッチャーでの出場。

なんとその初の1番の打席で、初球先頭打者ホームランを放ちます。

ピッチャーによる先頭打者ホームランは日本プロ野球どころか、メジャーリーグですら前例の無い記録でした。

この試合で投手としての大谷は8回10奪三振無失点の快投。

初回に自身で上げた1点を守り抜き、勝利投手に輝きます。

 

最速記録を更新 164キロ

9月13日のオリックス戦で、164キロを記録し、自身の持つ最速記録をさらに更新します。

DH解除でセーブを記録

クライマックスシリーズ第5戦、3番DHで野手として出場していた大谷に登板機会が巡ってきます。

7-4とファイターズリードの9回、野手として出場していた大谷のDHを解除し、大谷がマウンドに上がります。

大谷は無失点で切り抜け、自身初セーブをあげるとともに、チームを日本シリーズに導きました。

最速記録を更新 165キロ

初セーブをあげたクライマックスシリーズ第5戦、大谷は球速165キロを記録します。

最速記録を更新し、チームの日本シリーズ進出に華を添えました。

圧倒的威圧感 立っているだけで得点

日本シリーズの大谷は第1戦に8番ピッチャーとして先発出場。

第2戦は登板翌日のため代打、第3,4,5戦は3番DHで出場します。

そして迎えた第6戦、大谷は次の登板に備えてベンチスタートです。

試合は進み8回の表、4-4ツーアウト満塁、バッター中田という場面で、大谷がネクストバッターズサークルに姿を現わすのです。

その姿を見た場内の雰囲気はざわつき、広島のピッチャージャクソンも明らかに動揺しています。

結果的に中田は押し出し四球となり、その後、大谷は再びベンチに戻りました。

このシーンについて、当時監督の栗山監督は「大谷を打席に立たせるつもりはなく、相手にプレッシャーを与えるためにネクストに立たせた」と語っています。

その狙い通りネクストバッターズサークルに立つだけでプレッシャーを与え、押し出し四球を得て、そのまま6得点。

大谷の脅威の威圧感で得た勝利と言っても過言ではありません。

10勝100安打20本塁打を記録

2016年の大谷は日本プロ野球史上初の

10勝100安打20本塁打」を達成します。

二刀流として圧倒的な成績をおさめました。

MVPとベストナインに輝きます。

〈投手成績〉

21登板

10勝4敗

防御率1.86

〈野手成績〉

打率.326

22本塁打

67打点

 

規則まで変更 投手と野手でベストナイン

大谷の活躍は投打ともに圧倒的でした。

ベストナインは記者投票で決められますが、記者が投手か野手の両方に同じ選手を選ぶことは禁止されていました。(重複投票の禁止)

しかし、二刀流大谷の活躍を受けてこの規則は変更され、大谷は投手と野手の両方でベストナインに選出されます。

規則変更までさせた上での史上初のベストナインダブル受賞となり、大谷の二刀流は誰もが認めるものとなりました。

 

日本プロ野球時代の大谷翔平伝説(2017年)

2017年は怪我に泣いたシーズンでした。

それでも日本最終登板となった試合では、記憶に残る伝説を刻んでいます。

日本最終戦は「4番ピッチャー大谷翔平」

2017年の大谷は怪我の影響から投手としてはわずか3勝、打者もしても8本塁打と本領発揮とはなりませんでした。

それでも日本最終登板となる10月4日オリックス戦、4番ピッチャー大谷が名を連ねます。

ピッチャーが4番で出場するのはプロ野球史上66年ぶりの出来事でした。

この試合で大谷は打者として4打数1安打。

投手としては10奪三振完封勝利と、もう日本でやり残したことは無いとばかりに二刀流の実力をまざまざと見せつけました。

 

メジャーリーグ時代の大谷翔平伝説(2018年)

2018年、大谷はポスティングシステムで念願のメジャーリーグに挑戦します。

選んだ球団はロサンゼルス・エンゼルス。

名門のヤンキースやレッドソックスの誘いを蹴ってまでエンゼルスを選んだ理由は、二刀流への考えや育成方針を最優先に考えたからだと言われています。

初打席初安打、初登板初勝利

メジャーリーガー大谷翔平は、日本プロ野球と同じく二刀流を貫きます。

オープン戦こそ苦しんだものの、そのデビューは上々でした。

3月29日の開幕戦では、野手としてメジャー公式戦初打席初安打

投手としては4月1日に初登板初勝利をあげます。

「メジャーで二刀流は通用しない」という声も多い中、二刀流メジャーリーガーとして確かな一歩を踏み出しました。

 

ベーブルース以来の3試合連続ホームラン

4月3日、4日、6日と、大谷は3試合連続ホームランを放ちます。

3試合連続ホームランは日本人メジャーリーガーとしては松井秀樹以来、史上二人目の快挙です。

そして投手としての3試合連続ホームランは1930年のベーブ・ルース以来88年ぶりの記録となりました。

ベーブルース以来の快挙が目白押し

二刀流として大谷が残す記録の数々は、「野球の神様」とも呼ばれる元祖二刀流選手、ベーブ・ルース以来の快挙として多数記録されました。

<ベーブ・ルースと比較される記録の数々>

・シーズン3試合以上登板している選手が4番で出場

・2桁本塁打&複数勝利

・10試合以上登板&10本塁打

日本人メジャーリーガーの1年目本塁打記録更新

メジャー1年目の大谷は22本塁打を記録しました。

これは城島健司のもつ日本人メジャーリーガーホームラン記録18本を塗り替える記録であり、松井秀喜、井口資仁、城島健司を超える記録です。

 

メジャー史上初「10登板20本塁打10盗塁」

大谷は見事に二刀流選手としてメジャー1年目を乗り切ります。

〈投手成績〉

10登板

4勝2敗

防御率3.31

〈野手成績〉

打率.285

22本塁打

61打点

10盗塁

メジャー史上、10登板20本塁打10盗塁を記録した選手は存在しません。

メジャーリーガーとしてはルーキーであるにも関わらず、大谷の成績は史上初の成績となりました。

ア・リーグ新人王

メジャー史上初の記録である10登板20本塁打10盗塁が評価され、大谷は2位の候補者に大差をつけてア・リーグの新人王に輝きます。

二刀流メジャーリーガー大谷翔平は着実にメジャーリーグにも定着していきました。

メジャーリーグ時代の大谷翔平伝説(2019年)

2018年オフに靱帯再建手術(トミージョン手術)を受けた大谷は、開幕はリハビリからのスタートとなります。

5月にメジャーリーグ復帰後も、DHの野手としての出場が続きます。

日本人メジャーリーガー初のサイクルヒット

6月13日、野手として出場した大谷はサイクルヒットを達成します。

日本人メジャーリーガーによるサイクルヒットは史上初の快挙です。

なお、投手として複数勝利している選手によるサイクルヒットは、メジャーリーグにおいても史上二人目の偉業です。

 

メジャーリーグ時代の大谷翔平伝説(2020年)

2019年はサイクルヒットという偉業こそ達成したものの、怪我に苦しんだ不本意なシーズンでした。

2020年は「二刀流大谷」の復活を目指すシーズンとなります。

 

メジャーリーグ初の「公式」二刀流選手に

2020年より、メジャーリーグではTwo-way Player(二刀流選手)がルール上公式に定義されました。

大谷はこの二刀流選手第1号に適用され、メジャーリーグ史上初の「公式」二刀流選手となりました。

これにより、投手としてはマイナーでリハビリ登板を行いながら、野手としてはメジャーリーグの試合に出場することが可能となりました。

 

大谷翔平伝説まとめ

当初は二刀流など無理、プロをなめるなと言われていた大谷は、圧倒的な結果を残しながら「二刀流」という存在を認めさせてきました。

かつて類を見ない選手である大谷は、今後も前人未到の記録を多数打ち立ててくれることでしょう。

この記事のボリュームが日々増えることを楽しみに、大谷翔平を応援し続けます!