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【閉鎖済】川崎球場ってどんな球場?跡地を散策してみた。【野球の聖地】

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川崎球場の照明

川崎球場は大洋(現DeNA)、ロッテの本拠地として使用された、昭和のプロ野球を語る上では欠かせない球場です。

伝説のダブルヘッダー「10.19」の舞台もこの川崎球場でした。

現在は球場は解体されていますが、川崎球場の跡地を散策してみたので、その様子をまとめます。

目次

川崎球場とは?

まずは川崎球場について簡単にまとめます。

基本情報

川崎球場の基本情報は以下のとおりです。

球場所在地神奈川県川崎市川崎区富士見二丁目1-9(富士見公園内)
広さ両翼89m、中堅118m
収容人数30,000人(公称)
球場運営期間1952年開場 ~ 2000年以降に大規模改修(野球場としての記載は改修前まで)
プロ野球公式戦開催実績初のプロ野球公式戦:1952年4月3日
本拠地(プロ野球)としては1991年で終了
川崎で最後の1軍公式戦:1992年(ロッテ対近鉄)
川崎で最後のプロ野球公式戦:1997年(二軍公式戦)
主な本拠地利用球団高橋ユニオンズ(1954年)
大洋ホエールズ(1955年–1977年)
ロッテオリオンズ(1978年–1991年)

主に大洋(現DeNA)、ロッテの本拠地として使用された球場でした。

歴史・エピソード

川崎球場は、戦後のプロ野球黎明期から1990年代まで長く使用され、通算2,453試合もの一軍公式戦が開催された、プロ野球史において極めて重要な球場でした。

開催された一軍試合数2,453試合
主な主催球団高橋ユニオンズ、大洋ホエールズ、ロッテオリオンズ

参考:NPB公式「公式戦開催全球場」

一軍試合数は2025年終了時点ではZOZOマリン(千葉マリン)を上回る試合数です。

川崎球場のざっくりとした歴史は以下の通りです。

川崎球場の歴史
  • 1952年:川崎市富士見公園内に開場。同年4月3日、プロ野球公式戦を初開催
  • 1954年:高橋ユニオンズが本拠地として使用
  • 1955〜1977年:大洋ホエールズが本拠地として使用
  • 1978〜1991年:ロッテオリオンズが本拠地として使用
  • 1992年:ロッテ千葉移転後も、一部の一軍公式戦を開催(7月が最後)
  • 1997年:プロ野球(二軍)公式戦の開催が終了
  • 2000年:スタンドなどが解体され、球場としての役割を終える

有名なエピソードもいくつか紹介しましょう。

珍プレー好プレー等の野球番組で取り扱われることも多いので、知っているエピソードもあるのではないでしょうか。

川崎球場のエピソード
  • 2リーグ制後のプロ野球公式戦の観客動員数最少記録(1954年10月25日:大映スターズ対阪急ブレーブスのダブルヘッダー)
    →記録は100人(実測は25人という声も)
  • ロッテ本拠地時代のスタンドは特にガラガラであり、スタンドで流しそうめんや麻雀、七輪で肉を焼く客もいた。ほぼ誰もいないスタンドでカップルがいちゃついている映像は有名
  • 伝説のダブルヘッダー「10.19」の舞台となり、観客が近隣マンションから観戦するなど、人が殺到

川崎球場といえば「ガラガラ」の昭和のパ・リーグを象徴する球場でした。

その一方で「10.19」のような名場面も生み出す、魅力的な球場ですね。

10.19とは・・・?
  • 1988年10月19日、川崎球場で行われたロッテ対近鉄のダブルヘッダー
  • 近鉄が2連勝すればリーグ優勝、1敗または引き分けがあれば西武が優勝という状況
  • 第1試合:近鉄が4-3で勝利(当時の規定により延長なしの9回制)
  • 第2試合:延長10回、4-4の引き分け(試合開始から4時間12分で時間切れ)
  • 第2試合が引き分けとなったため、西武ライオンズのリーグ優勝が決定
  • 試合途中から急遽全国中継となり、関西地区で高視聴率を記録
  • 優勝決定がダブルヘッダー最終戦までもつれ込んだ極めて異例の事例として、プロ野球史に残る一日となった

川崎球場の跡地を散策してみた!

ここからは、2026年現在の川崎球場跡地の様子を紹介します。

かつての川崎球場は解体されており、現在はアメフトやラグビーを中心に使用される「富士通スタジアム川崎」に変化しています。

一方で川崎球場の照明がモニュメントとして残されていたり、ギャラリーがあったりと川崎球場を感じられる訪問しがいのある場所です。

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