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【閉鎖済】戸塚球場(安部球場)とは?プロも使用した大学野球の聖地を散策!(早稲田)

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戸塚球場記念碑

現在の早稲田大学敷地内に、かつてプロ野球も使用した野球場が存在したことはご存知でしょうか。

その名も戸塚球場(安部球場)です。

1902年に早稲田大学野球部の専用球場として誕生し、日本野球の草創期を学生野球の中心地として支えました。

当記事では、この戸塚球場(安部球場)についてまとめます。

マニアックなネタですが、ぜひ野球ウンチクとして誰かに披露してみてください。

跡地も散策してみたので、楽しんでもらえると嬉しいです。

目次

戸塚球場(安部球場)とは?

まずは戸塚球場の基本情報と歴史についてまとめます。

基本情報

名称戸塚球場
※1949年「安部球場」に改称
所在地東京都新宿区西早稲田1丁目20
(現・早稲田大学 総合学術情報センター周辺)
開場1902年(明治35年)
閉場1987年11月22日
「さようなら安部球場 全早慶戦」を最後に閉鎖
グラウンド規模左翼:97.5m/右翼:91.4m/中堅:121.9m
観客収容数20,000人(1925〜1943年)
※開場当初はスタンド無し
※1943年に鉄製スタンド撤去後は縮小(7,000人説など諸説あり)
プロ野球公式戦数9試合
特徴早稲田大学が1902年に設けた学生野球の拠点
1933年に日本初のナイター開催 1936年、東京で初のプロ野球公式戦開催

その地名から当初は戸塚球場として開場しましたが、初代野球部長を務め球場建設に尽力した安部磯雄の功績を称え、1949年には「安部球場」と改称されました。

名門・早稲田大学野球部の原点でありながら、東京で初のプロ野球公式戦も開催されている日本野球の原点とも言える球場です。

歴史

1902年
  • 野球部専用のグラウンドとして球場が完成。地名にちなみ「戸塚球場」と名付けられる(スタンド無し)
1925年
  • 慶應・明治との三大学リーグ戦が始まり、1万人収容のスタンドを整備
1933年
  • 夜間照明が設置され、日本初のナイターが開催
1936年
  • 東京で初のプロ野球公式戦開催(1週間で9試合開催)
  • JOAK(現在のNHKラジオ)によるプロ野球初の実況中継が行われ、球場内にマイクを設置

※8月に上井草、10月に洲崎とプロ野球専用球場が完成したことで、戸塚球場でのプロ野球開催はこの9試合のみとなった

1949年
  • 早稲田大学野球部を長く支えた安部磯雄の功績を称え、「安部球場」に改名
1987年11月22日
  • 「さようなら安部球場 全早慶戦」を最後に閉場。

戸塚球場(安部球場)の跡地を散策してみた

戸塚球場・安部球場の跡地には記念碑が設置されています。

早稲田大学野球部の球場ということもあり、その記念碑は早稲田大学キャンパスの隅に位置します。

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